【透夜】
「久瀬さん?」
【久瀬】
「……ちょうどいい。言っておきたいことがあったんだ」
久瀬は急に落としたトーンで囁いてきた。
温和そうに装っていた顔が一変する。
眼鏡の奥の目に光が宿る。
【久瀬】
「今からでも遅くない。一刻も早くこの御坂から離れろ。
取り返しがつかないぞ」
久瀬に支えられていた腕がきつく絞りあげられるように握られる。
【透夜】
「…ツッ、痛いですよ。離してください」
久瀬は鼻で笑うと乱暴に透夜の腕を離した。
掴まれた腕がまだじんじんと痛む。
そこをさすりながら久瀬を睨んだ。
結局、この人もほかの集落の人間と同じというわけだ。
異分子を排出しようと脅しをかけてくるつもりか。
頭がカッと熱くなった。久瀬は人の怒りに火をつけるのがうまいらしい。
【透夜】
「そんなに大祭が失敗するのが怖いんですか?
よそ者がいるだけで邪魔なんですか!」
【久瀬】
「別に大祭のためじゃない。
この忠告はあくまでお前のために言っているんだ」
そう答えた久瀬の声は意外なほどやわらかかった。
まるで親戚の年長者が年下の子を諭すような言い方だ。
さっきまで乱暴な言い草とは違う。
【久瀬】
「もう一度言っておく。なるべく早くここから逃げ出してくれ」
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